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2022年11月15日 (火)

石職人の神様が超絶閑技で「石造釣灯籠」

 

 神としての大自然は悠久の時間を使って大地を彫刻している。硬い大地を素材として悠久の時間をかけて削り、芸術作品のような造形を創作する。大地は硬い素材なので、割れないように、ゆっくりと少しずつ削っていく。世界遺産になっているような大自然の風景は、神という彫刻家の作品なのだ。

 

 同じように硬い石を造形するには、ゆっくりと削らねばならぬ。速く削ると応力がかかり過ぎ、石が割れてしまう。だから少しずつ、ゆっくりとノミを振って削り出さねばならぬ。そんな気の遠くなる仕事で、神技を持つ石職人が作った「石造釣灯籠」が彦根にある。

 どう考えても、不可能な造形である。ノミが入らない場所を、どうやって削ったのだと疑問が起きる作品である。

 「石業界も機械化が進み、(これは「閑な」明治時代だから出来たことで、)現代ではこのような作品の再現は不可能です(松居石材商店の7代目松居利樹氏談)。

 

 そうなのだ、「閑」だから良い作品ができるのだ。「閑」とはラテン語でスカラである。スカラとは哲学者のことだ。閑だから考えることが出来る。労働は奴隷にさせて、貴族は閑になって考えることが出来て哲学を生み出した。学校のスクールもスカラから派生した言葉である。閑だから学校に行って勉学が出来る。出来の悪い学生は、ネットやゲームに忙しいから、成績が上がらない。

 現代は「閑」というと悪い印象あるが、本来良い言葉である。人は考える時は、家の「門」を閉じて、そこにかんぬき(閂)の棒で閉鎖して思考や業務に没頭する。それが「閑」という語源である。現代は余りに軽薄早急軽率である。それでは良いものはできない。これも日本が衰退した一因だと思う。

 

一つの石から削り出した「石造釣灯籠」

 この「石造釣灯籠」は一つの石(堆積岩)から削り出して作られた。鎖もその一つの石から削り出された。これは松居石材商店(江戸時代の文政12年創業)3代目の松居六三郎氏の作品である。この作品は1903年に大阪で開催された内国勧業博覧会に出品された。鎖も屋根の端の渦巻きの装飾も一つの石から削り出された。大きさは縦横16.5センチ、高さ21.7センチである。

 

 当主の松居保行氏もお店を受け継ぐまで先代からこの作品は二度ほどしか見せてもらえなかったという。超お宝であり、作品の出し入れで破損の恐れがあるからだ。現在でも、過去の取り扱いの不備で一部破損している。だからずっと箱に入れてお蔵入りしていたという。今回、彦根城博物館で「松居石材商店の歴史を振り返る」展示が2022年9月8日から10月4日まで展示された。

松居石材商店の歴史 | 彦根城博物館|Hikone Castle Museum|滋賀県彦根市金亀町にある博物館 (hikone-castle-museum.jp)

墓石・石材店(彦根,米原,長浜) お墓のことなら松居石材商店へ

 中国でも鎖の一石造りは有るようだが、レベルがずっと格下という。ここまでのレベルは日本の明治時代だからできたことのようだ。

 私も仏像彫刻では、松本明慶大仏師作の仏像で一木造りは当たり前の世界であったが、流石にこの一石造りの作品には驚嘆である。

 私はこの作品の秘蔵はもったいないので、然るべき展示ケースを作って、常時展示するように松居石材商店さんにお願いした。この作品を作られた松居六三郎氏が草葉の陰で泣いていると思う。職人は口数も少なく、出しゃばらない。だからこそ、そういう作品は多くの人に見てもらいたい。常時展示をして多くの人に見てもらい、この超絶の職人技を顕彰したい。これは日本の宝だ。

 

 私が2015年に再建したお墓は、この松居石材商店さんに造って頂いた。父と父の兄が1960年に建てたお墓は、同じく松居石材商店さんに造って頂いた。松居石材商店さんと出会えたのは、良きご縁と感謝している。

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2022-11-15  久志能幾研究所通信 2542  小田泰仙

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