人の生命とは、一億円の宝くじが連続で百万回当たったと同じ確率で生まれる命である(筑波大学 村上和雄教授)。今、自分がこの世に生命を与えられて、存在していること自体が、奇跡なのだ。
命には宿命があり、運命があり、生まれる命がある。その命には見えざる使命が与えられている。その使命に気づき、それを祈りで成就させるのが人間である。
宿命とは、変えることが出来ない定めである。男性に生れた、日本に生れた、平成の時代に生れたという事象を言い、それはどんなに努力をしても変えられない。
ウクライナ、中共、北朝鮮の土地に、生れなくかった宿命を喜ぼう。戦争の時代に生れなかった宿命を喜ぼう。それを思えば、現在の不幸など風邪のようなものだ。
運命の「運」とは、十字路(しんにゅう)のど真ん中で、行く方向を見定め、力の限り自分の車を押していく様を表した象形文字である。宿命は変えられないが、運命は自分の力と意思で変えられる。
奇跡で生まれた命をこの世で何のために使うかを問うのが使命である。人の生き方として、今の時代に生れた自分の命をどう使うかを問われる。それを考えないで生きている人は動物と同じである。それは、生きているのではなく、生き永らえているだけだ。
.
家族の宿命と運命
私の叔父(父の弟達)は2人とも、昭和19年、昭和20年にビルマとシベリアの土になった。死のインパール作戦と地獄のシベリア抑留での戦死である。二人ともまだ20過ぎの若さである。父も戦後にソ連の国際法違反の捕虜としてシベリアに送られたが、地獄のシベリア抑留から生還できた。その運命で、今の私の命がある。従弟は彼の父が結婚後出兵して戦死したので、父の顔を知らない。父や叔父たちが戦争の時代に生まれたこと、そういう親から生まれたのは、宿命なのだ。
今の自分が置かれた幸せな宿命の位置で、どう生きるかは自分が定める運命である。幸せのおすそ分けで、後世の為に最大の貢献しよう。それが自分に与えられた使命である。
先の戦争では、軍部やマスコミの嘘に押し流されてしまって戦争に追いやられた。政府やマスコミは愚民化政策で、国民を洗脳してやりたい放題である。我々はもっと現代の世相を勉強して、そんなことが二度と起きないように見識を高めねば、子供や孫たちをまた不幸にしてしまう。運命の十字路で、正しい判断をして、日本の運の行く方向を決めたい。その微力な決断が選挙での投票である。微力な市民の声を集めれば、大きな力となる。棄権だけは避けねば、後世に対して責任放棄である。
祈り
祈りとは、宿命と運命を内面的につなぐ霊魂のシャトルである。「祈」りという漢字は、旁の「示」と偏の「斧」から構成される。「示」は生贄を捧げる台の象形文字である。神社関係の文字である。「斧」(きん)は獲物を取る道具である。つまり「祈り」の行動で、その実現が「近」いとも解釈される。
祈りは運命に力を与え、新しい運命を生む。祈っても、行動無き祈りは戯言である。また感謝なき祈りは、神様に対して無礼で恩知らずである。神様はお賽銭を入れれば、祈りの成果が出てくるATMではないのだ。
祈りとは、神様に実現ための行動を約束することだ。祈りは自分の潜在意識に問いかけて、その実現の為の行動を誓うことだ。神様の前で誓ったことが守れなくては、神様もその実現に手助けをしない。
神様は祈りに対して、黙って見守ってくれるだけである。しかしあらぬ方向から、稀有なご縁を授けてくれる。そのご縁に実を結ばせるのは、自分の行動が必要である。
独白
私は神様の前ではお願い事をしない。感謝を述べるだけだ。お願い事をするなら、それに相応する誓いを述べねばならぬ。その誓いが守れなければ、神様の信用を無くす。私はその自信がないから、感謝だけにしている。だって神様は何でも知っている。一回でもサボったことを黙っていても、天から見ていて騙せないのだ。
Who knows である。誰が知ろうか、誰も知らない。自分がサボったことは誰も知らないが、神様と自分だけは知っている。神様も自分も騙せない。だから私は神様の前では感謝の言葉だけである。
.
お賽銭、寄進
世には100円のお賽銭で、10件ものお願いをする厚かましい人がいる。神様だって厚かましいケチには壁壁だろう。お賽銭額がその人の心の値段なのだ。神社の管理者も神社の社屋の維持管理、減価償却で大変である。お賽銭をケチるのは止めよう。神社の維持管理のために寄進をしよう。神さまも喜ばれる。私が伊勢神宮に参拝する時は、いつも式年遷宮の造営資金を寄進している。
神宮司庁は、2013年までの各行事を含む第62回式年遷宮全体の費用は、建築、衣服、宝物の製作を含め約550億円と公表した。 このうち、330億円が伊勢神宮の自己資金で、220億円が寄付で賄われた。赤ん坊も含めて日本人一人が、平均183円を寄進した。式年遷宮を行うのは、萱葺屋根の掘立柱建物で 正殿等が造られる。
縁ありて花開き、恩あって実を結ぶ
馬場恵峰書
.
2022-10-27 久志能幾研究所通信 2526 小田泰仙
「久志能」↖ で検索
著作権の関係で、無断引用を禁止します。