私は母から、「今住む場所から駅に1mでも近いところに転居せよ。それを出世という」と教えられた。
西郷隆盛さんは、その教えに背いたから、西南戦争で敗れた。その教えがあれば、西南戦争が起こることもなかったのにと残念に思う。
「駅」の語源
駅とは、出かけるときの出発点である。駅の語源は、馬を乗り継ぐ場所である。住む場所が、駅に近いということは、人生の成功の第一歩である。師を探しにも行ける。遠い世界にも学びにも行ける。
昔は馬こそが早く移動する手段であった。今はそれが電車になった。人は動かない限り、ご縁は手に入らない。「お足」が大事なのだ。私は母の教えで、駅に近い場所に住むことで、人よりもフットワークが軽い人生を送れたと自負している。
具体的に人より多く動けば、具体的なご縁を人より多く得る。単純な確率論である。凡人は、愚直に確率計算に順って生きるのが正論。
外国見聞の有無
西郷さんは、明治の偉勲たちの中で、唯一、海外を視察していない。「駅」とは外に出かける拠点である。それを西郷さんは事情があり、海外に行けなかった。西郷さんは、その見聞がないために、他の政府高官たちより、視野が狭くなったようだ。結果として西郷さんは、征韓論政争で負けて、下野してしまった。西郷さんが、海外の生の姿を見ていれば、征韓論で下野するような事態にはならなかったであろう。新生日本は、海外の列強諸国が隙あらば、植民地にしようと虎視眈々と狙われている状況であった。その情勢に鈍感であったのが、西洋を知らない西郷さんであった。
反「出世」
あろうことか、征韓論政争に敗れた西郷さんは「駅」から最も遠い鹿児島に戻ってしまった。「出世」の真反対である。鹿児島は東京「駅」から遠い。鹿児島からでは海外の事情はおろか、東京の情勢収集さえ疎くなる。僻地で情報に遮断された生活を送れば、「出世」という感覚が鈍る。出世とは、リーダとして、あるべき姿を求めて新天地へ向かう行動なのだ。指導者が閉じこもってしまっては、進歩がなくなる。
出家
ある意味、僻地の俗世間に閉じこもって移動しないとは、永遠に俗世間に留まる事だ。家を出て世間を広く見聞し、自己啓発にするとは、「出家」である。
僻地は刺激がなく、平穏に暮らすには良いが、ボケの誘発ともなる。それよりも頻繁に異世界に移動して、刺激を受け、今の世界との違いを思索にふける(出世)べきなのだ。何時までも同じ家に閉じこもっていては、新しい発想は出てこない。
少年よ、大志を抱け。出家せよ。出世せよ!
出世とは(辞書による)
1 社会的に高い身分・地位を得ること。
2 この世に生まれ出ること。
3 仏語。
仏が衆生を救うためこの世に現れること。
俗世間を離れて仏道に入ること。また、その人。出家。
2021-10-20 久志能幾研究所通信 2185 小田泰仙
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