こんばんは。 1.「蓮の花とわさび」の対比が、なるほどと、いい学びとなりました。 2.フランクルについて 1)常に未来を信じる 2)収容所での苦しみは意味があると認識 3)愛する人との魂での会話 4)感動を失わない 5)ユーモアを失わない 上記の2)は、他の4つとはカテゴリが異なるように感じます。 これは、「リボーン」に通じると思うからです。 多くの方は、「がん」と宣告されると冷静さを保つことが難しくなります。 毎日、体の中にはがん細胞が生まれている。 しかし、自己治癒力が機能する内は、がん細胞に克っている。 この自己治癒力を弱体化する「習慣」が、「がん」出現につながっていると考えることは、突飛な発想とは思わない。 なぜ、自分が「がん」と出逢うのか、その出逢いの意味を考え・感じることが、大きな「気づき」のきっかけとなる。 「気づく」ことで、行動が変わり、習慣が変わる。 そして、いつの間にかリボーンしている。 がんを「消す」ことに執着しているときには、がんは消えない。 リボーン「する」ことに執着しているときには、リボーンすることはない。 「執着」から解放され、ありのまま“ご縁”に委ねる。 浄土真宗の真の意味での「他力本願」に通じるのかも・・。 3.「強欲が渦巻く泥沼の現世を「楽園」、飛龍の姿を「現象」と表現された中島法晃師の高観に脱帽」の箇所 私には、残念ながら高尚過ぎて、その「高観」がわかりません。 脱帽された小田さんには、是非とも、その解説を希望いたします。 合掌
コメント:飛龍 地獄を楽園に変える in Sagan
こんばんは。
1.「蓮の花とわさび」の対比が、なるほどと、いい学びとなりました。
2.フランクルについて
1)常に未来を信じる
2)収容所での苦しみは意味があると認識
3)愛する人との魂での会話
4)感動を失わない
5)ユーモアを失わない
上記の2)は、他の4つとはカテゴリが異なるように感じます。
これは、「リボーン」に通じると思うからです。
多くの方は、「がん」と宣告されると冷静さを保つことが難しくなります。
毎日、体の中にはがん細胞が生まれている。
しかし、自己治癒力が機能する内は、がん細胞に克っている。
この自己治癒力を弱体化する「習慣」が、「がん」出現につながっていると考えることは、突飛な発想とは思わない。
なぜ、自分が「がん」と出逢うのか、その出逢いの意味を考え・感じることが、大きな「気づき」のきっかけとなる。
「気づく」ことで、行動が変わり、習慣が変わる。
そして、いつの間にかリボーンしている。
がんを「消す」ことに執着しているときには、がんは消えない。
リボーン「する」ことに執着しているときには、リボーンすることはない。
「執着」から解放され、ありのまま“ご縁”に委ねる。
浄土真宗の真の意味での「他力本願」に通じるのかも・・。
3.「強欲が渦巻く泥沼の現世を「楽園」、飛龍の姿を「現象」と表現された中島法晃師の高観に脱帽」の箇所
私には、残念ながら高尚過ぎて、その「高観」がわかりません。
脱帽された小田さんには、是非とも、その解説を希望いたします。
合掌